2012年7月16日月曜日

同床异梦~同床異夢、この出典にも実は周公旦が登場

夢エピ。今回は、「同床异梦」。

宋の陳亮『与朱元晦書』にあるお話で、日本でも成語として定着した言葉です。辞書風に言えば、「同じ床に枕を並べて寝ながら、それぞれ違った夢を見ること。転じて、同じ事を行いながら、考えや思惑が異なること」(大辞泉)となります。

あまりにも有名なので、特に説明は不要かと思いますが、原文を見てみると、この説話、実は『周公解夢』の筆者とされた周公旦が絡んできます。下記が原文です。

“同床各做梦,周公且不能学得,何必一一说到孔明哉!”

諸葛孔明
前半の“同床各做梦”が「同床異夢」と転じるわけです。ただ、上記は全体を通して読んでみないと意味が通じません。

訳は、床を同じにして別々の夢を見るなら、周公旦でもお互いの気持ちを理解することはできないし、諸葛孔明をいちいち持ち出すまでもない。となるでしょうか。

そもそもこれは、夫婦のことを言っています。「床を同じに」なので当たり前ではありますが、現在の日本語の成語には上記の辞書のように、夫婦間のことにとらわれなくなってきています。

原文は、要は結局、夫婦なのにそれぞれ違うことを考えていたら、周公旦も諸葛孔明も出る幕ないね、ということを言いたいのだと考えられます。

ここでも夢と周公旦のつながりが見出せます。ただし、ここでは夢ということと周公旦が直接つながっているというよりは、むしろ諸葛孔明と並列させることによって、中国古来の“智”の代表者という位置づけで登場していると言えるでしょう。

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